倭国（日本）を舞台にした「ラスト・シャーマン」では、側女（そばめ）、魏（中国）を舞台にした「花蓮〜ファーレン〜」では妾と呼ばれる女性たちが登場します。
側女と言うとあまり馴染みがないかもしれませんが、側室と言い換えれば、どのような立場にあった女性なのか、イメージしていただきやすいでしょうか？
つまり、王や高貴な男性の本妻ではないけれど、そばに侍る女性のことです。
権力を世襲している家にとって、世継ぎが途切れるなどあってはならないこと。
病気や不慮の事故によって、幼くして亡くなる子も少なくなった時代、主の血を引く子どもは一人でも多いことが望まれたのです。
そのため、側女も妾も、世継ぎを生むことを最大の使命として存在していました。
しかし私はこれらを、微妙に立場の違う女性たちとして描きたいと思っています。
倭国で側女と呼ばれるのは、その多くはそれなりに高貴な家に生まれた女性たちです。
彼女らは、礼儀作法や教養を備えたいわゆる令嬢。
もちろん、本妻は別格でありますが、側女も決して蔑（さげす）まれるような立場の女性では無かったと想像しています。
「ラスト・シャーマン」の中でも月読（つくよみ）の側女となる女性たちは、邪馬台国配下の国々の王の媛君です。
ただ、この場合、彼女らの役割としては、世継ぎをもうけることはもちろんですが、家同士の結びつきも重要視されます。
王らは、君主への絶対の服従の証として、娘を差し出す。
そして、君主は親戚となった王の国に便宜を図る約束をする。
その架け橋である側女たちは、それぞれの関係を保つためにも、大切に扱われたことでしょう。
一方の魏の妾について語る前に、「花蓮〜ファーレン〜」の時代のひと世代前、明帝の時代についてお話します。
明帝は「花蓮〜ファーレン〜」に登場する陛下、曹芳（そうほう）の父帝です。
彼は、見目美しいだけでなく、心優しく、勤勉であったと評判の皇帝です。
的確に戦況を読む能力にも長け、他国との争いが激しい時代には、その手腕で呉や蜀の攻撃を何度も撃退したとされています。
そんな彼が、あることをきっかけに豹変します。
呉の丞相（しょうじょう）諸葛亮（しょかつりょう）が病死したのです。
絶対的な軍師を失い、呉や蜀からの攻撃は沈静化します。
外圧が減少し内政に重きを置いた彼は、まずは宮廷の造営を繰り返し、財政を圧迫させます。
次に彼は、兵の恒久的な確保のために、兵以外の家に嫁いだ女たちまでも強引に独身兵の妻にするという政策をとります。
この時、妻や娘のかわりに、奴隷を差し出すことも許されました。
そのため、金持ちは奴隷を買って差し出し、逆に金に困った者は、妻や娘を金銭で売ったのです。
しかも、出生に関わらず、容姿の良い者は後宮に召し上げるとの一文も付け加えられていたため、美しい娘には高値が付けられ、人身売買が横行しました。
このような時代を経て、「花蓮〜ファーレン〜」の時代の後宮には、ただ美しいというだけで集められた、身分の低い女性たちが数多（あまた）いたと想像されます。
彼女らは皇帝やその臣下らの寵愛を受け、美しく着飾り、我がもの顔で宮廷内を闊歩していたことでしょう。
しかし、彼女らを見る周りの目は冷ややかなものであったはず。
そして彼女らの運命は儚く、主人が心変わりしたり、死亡したりすると、無情にもまた新たな主人のもとへ売り飛ばされるのです。
また、妻や娘を妾に差し出すということは、身替わりを用意する財力もないとの烙印を押され、家の恥と考えられたようです。
このように、魏においての妾は、決して敬（うやま）われるべき存在ではなかった。
そんな前提のもとに、「花蓮〜ファーレン〜」は書かせていただいています。
つまり、祖父を役人に持つ花蓮が妾となったのは、身を落とす行為であったのです。
恥知らずと家族から非難されても、人々から蔑（さげす）まれても、曹芳のそばで彼を支えたかった。
それが、主人公「花蓮」の妾という立場に込められた想いなのです。
しかしながら、倭国からやってきた男鹿（おが）は、妾に対して側女に近い感覚を持っています。
特に花蓮に対しては、皇帝にとって大切な女性として敬意を払っており、口調を崩すことも滅多にありません。
そのうえ、彼にとっては、聡明で魏の学問を教えてくれる彼女は、尊敬すべき女性です。
物語をお読みいただき、このような花蓮に対する印象の温度差を感じていただければいいのですが……。
上記に書き記したことは、複数の情報から導きだした、私の個人的な当時の後宮のイメージです。
実際とは異なる点や、認識違いの部分も多々あるかと思いますが、物語を書く上での設定のひとつとしてご理解いただければ幸いです。