「あの方は亡くなった方にさえ、まだ愛情を注いでいらっしゃるのだもの」
彼女は月読の髪に、いつも目立たぬよう女物の櫛が挿されていることに気が付いていた。 そしてそれはおそらく、ここへ来る前に亡くした妻の形見であろうと確信していた。 優しくされるほど、愛されていると感じるほど、彼がこれから出会う女達にも同じように愛情を注いでいくのかと思うと、胸が締め付けられる思いがした。
第四話 変化 この物語の中で、月読は同盟国の媛たちと婚姻関係を結んでいきます。 実は作者にとって、主役が複数の女性と関係を持っていくという展開は、かなり勇気が必要であったりします。 なぜなら一般的にヒーローは、ヒロインに対して一途な愛を貫くほうが、読者の共感を得られ易いからです。 けれど私はこのお話の中で、あえて一夫多妻という制度から、逃げたくないと思いました。 現代の私たちには理解しがたい仕組みであっても、昔の人々はその枠組みの中で生きていたのですから。(弥生時代が一夫多妻制であったかは定かではありませんが、古事記を見る限り位の高い人たちはそうであったのではないかと推察しています) とはいえ、一歩間違えると月読が軽薄な人間に映る可能性もあり、そうならないためにはどうすればいいのかと、かなり頭を悩ませました。 神に近い存在である月読は、誰をもわけ隔てなく愛します。 そんな彼を愛した妻たちは、一体どんな心境なのだろう。 そのあたりを糸口に、私なりの一夫多妻の世界を書いてみました。